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| 富士山の森は今・・ |
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ウラジロモミの人工林の中にこのような炭焼き小屋の跡がいくつも見られる・水ケ塚付近・標高1,400m |
富士山の森を歩くと、かつての炭焼き小屋の跡が遊歩道周辺にいくつも見られます。今では麓でもほとんど行われなくなった炭焼きが、富士山の夏緑樹林帯で盛んに行われていたことがわかります。麓の人々は炭を焼き、笹を刈り、自然と森の恵みに感謝しながら森と共存していました。
昭和20年頃、炭焼き仕事で泊まり込みで山に入る友人に頼まれて、バイオリンを貸したことがあったという話を父から聞いたことがありました。彼は仕事後の退屈さを紛らわすため、森の小屋でバイオリンを弾いていたのでしょう。巨木が繁る暗い夜の森にバイオリンの音が響いていたなんて今では想像もできません。
昭和30年代、私は近所の農家の熊笹採りに連れていってもらったことがありました。トラックの荷台に揺られて、良い笹が採れる森の奥まで、細い林道を入ってゆき、大人たちが笹を刈る間、辺りを探検して遊びました(この時、沢の地層に埋まっている多量の炭を見つけたが、今は何処だったか不明)。麓の農家では日用品や農作業で使う竹篭などを作って僅かながらの現金収入を得ていたのです。
時代は変わり、炭も竹かごも人々の暮らしから消えてゆき、麓の人たちも森から去ってゆきました。長い間続いてきた、麓の人たちと森との共存関係は終り、やがてその森の多くが伐採され、ヒノキ、ウラジロモミ、カラマツなどの人工林に変えられました。人との共存の中で多くの命を育んできた森の多くが失われ、伐採を免れた森も人の手が入らなくなったため、樹木に蔦がからんだり、スズタケが繁殖するなど、その形態は変ってゆきました。また、温暖化や大気汚染など、自然環境の変化によるとみられるブナの立ち枯れも目立つようになりました。
1996年の台風により、富士南麓の人工林の多くが甚大な風倒木被害受けました。現在、それらの人工林を伐採して広葉落葉樹などの植林を行い、森を再生する試みが始まっています。 |
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| 山の神を祀った古い時代の祠・西臼塚・標高1,300m |

立ち枯れたブナ・浅黄塚遊歩道・標高1,600m |

ウラジロモミ林の風倒木伐採後に広葉樹が植林された・水ケ塚付近・標高1,400m |
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