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世界遺産・静岡、山梨が合同会議 2005/12/20

静岡県、山梨県および地元市町村は19日、「富士山世界文化遺産登録推進両県合同会議」を発足させ、富士山が文化遺産にふさわしいことをアピールし、登録へ向けて機運を盛り上げる。自然遺産への登録は環境問題によって挫折している。


野中到、千代子夫妻の顕彰碑が完成(11月18日) 2005/11/20

新田次郎の小説「芙蓉の人」で知られる野中到と妻千代子の顕彰碑が御殿場市中畑の通称「野中山」に完成し、18日、気象庁長官、野中到の親族、地元関係者などが参列して顕彰碑除幕式が行われた。
以下、碑と並んで設置された野中到の功績文より
「野中到は慶応三年(1867)現在の福岡市に生まれ、明治二十五年(1892)同郷の千代子と結婚。気象研究の道に進み、高層での観測の必要性を痛感し、明治二十八年(1895)富士山頂剣ケ峰に自費で木造六坪の観測所を建て、妻千代子と共に富士山頂冬期気象観測を実行した。この壮挙は中央気象台(現在の気象庁)による「富士山頂観測所」の建設の礎となった。その後、野中到は、富士山が展望できる現在地(当時の通称は滝ケ原山王塚)に別荘を建て、大正十二年(1923)関東大震災で建物が倒壊するころまで、ここを拠点として富士山の気象観測を続けた。いつしかこの地は地域の人々から「野中山」と言われ、紅葉の名所としても知られるようになった。この山のカエデは野中到が京都から取り寄せ、別荘の庭に植えられたものと伝えられている。平成十七年十一月吉日 御殿場市市制施行五十周年記念 野中到、千代子、顕彰碑建設委員会」 「御殿場市 玉穂財産区 (社)中畑愛郷会 (NPO)富士賛会議」

富士山と野中山 野中山の紅葉(11/18撮影) 野中夫妻

山梨県も推進本部を発足 2005/10/26

山梨県は24日、「富士山世界文化遺産登録山梨県推進本部」(本部長・山本栄彦知事)を発足させた。


富士山の世界遺産登録実現へ推進本部を発足 2005/10/17

静岡県は富士山の世界遺産(文化遺産)登録を実現させるため「県世界遺産登録推進本部」(本部長・石川嘉延知事)を発足させた。4月には「富士山を世界遺産にする国民会議」(会長・中曽根康弘元首相)が発足している。


表紙画像について 2005/5/24

表紙の画像は季節にあわせて古い写真の中から選んでUPしてきましたが、今回はHDカメラ(HDR-FX1)の静止画像です。下記のアシタカツツジ」「頼朝の井戸」にも使用しています。


浅黄塚と浅木塚 2005/5/18

浅黄塚は水ケ塚の西側に位置する寄生火山である。古い作業道が裾を通っているため、周辺の遊歩道にこの寄生火山の名がついているのだが、「浅木塚幕岩遊歩道」「浅木塚歩道」のように「浅黄塚」ではなく「浅木塚」とされているものがある。また、浅黄塚南東側の新期溶岩流上の森は「浅木塚国有林」とされている。どうやら営林所関連の表示や標識には「浅木塚」が使われているようだ。南麓から東麓にかけての地名には鎌倉時代の軍事演習「富士の巻き狩り」に由来するものが数多く残っており、寄生火山には「赤塚」「黒塚」「紺塚」「白塚」のように色の名がついているものがある。これはそれぞれの色の旗を立てて場所を示したことによるといわれている。したがって「浅黄塚」も色の名前と考えるほうが自然であろう。そんな訳で富士山自然探訪では「浅黄塚」に統一している。それにしても「浅黄色」とはあのアサギマダラの薄い青緑色のこと、元々は「浅葱色」なのだそうだ。「浅黄塚」もかつては「浅葱塚」だったのかもしれない。


5月の観察会 2005/5/15

5月の観察会は、富士山スカイライン西臼塚周辺の新緑の森を散策しました。詳細は観察記録をご覧ください。「二合目林道〜西臼塚遊歩道など


4月の観察会 2005/4/24

今年初めての観察会は、昨年復活した村山口登山道の富士山スカイライン〜天照教の約4Kmの間を散策しました。詳細は観察記録で。「観察記録」に「村山口登山道」「西臼塚〜大野原


小富士遊歩道 2005/4/23

須走口小富士まで行ってみました。遊歩道は30〜40cmの残雪が凍っていたので難なく歩くことができましたが、踏み跡がなけれればどこが遊歩道なのかよく判りません。小富士は雪が消え、地面が暖められて陽炎が立っていました。東富士山荘の米山さんによれば、今年は例年より雪が多かったとのことでした。


御殿場口と須走口、21日、冬期閉鎖解除 2005/4/21

予定より2日早く、御殿場口の富士山スカイライン〜御殿場口駐車場と須走口入り口から新五合目駐車場の冬期閉鎖が解除されました。


村山古道完登登山第一回が行われる 2005/4/10

9日、富士山クラブ」と「シニア大樂山樂カレッジ」による共催の「村山古道完登登山」の第一回が行われ、40名の参加者が田子の浦から村山神社の約20kmを歩いた。


ニホンジカ、テン、キツネ 2005/4/6

この1週間で、浅黄塚付近でシカに2回、水ケ塚でテン、御殿場口五本松付近でキツネに遭遇。


大野原山焼き 2005/3/21

積雪のため延期されていた東富士演習場(大野原)の山焼きが19日に行われました。古くから行われてきた山焼きによって、この場所はススキを中心にした大草原になっており、草原性の野鳥や蝶などの生きものや様々な植物がみられる環境が保たれてきました。山焼は良質なススキが育つよう、また、ドクガやツツガムシなどの害虫の駆除などのために行われています。ススキはかつては茅葺き屋根の材料や、麓の農業に使われていましたが、現在は酪農や、お茶農家などに利用されているようです。


ビデオサロン誌をご覧の皆様へ 2005/2/19

「ビデオサロン3月号」のFX1記事関連はこちらをご覧ください。「観察記録」の撮影機材は、SONY DCR-VX1000、SONY DCR-VX2000、SONY DCR-PC300です。尚、「日本野鳥の会70周年記念探鳥会」はカラープリントです。


村山口古道復活記念富士山完登プロジェクト 2005/1/29

昨年、シニア大樂山樂カレッジの畠堀操八氏が中心になって発掘再開させた「村山口登山道」の復活記念として、海抜0mの田子の浦から山頂までの全行程を歩こうという「村山口古道復活記念富士山完登プロジェクト2005(pdf)」が始動した。「富士山クラブ」と「シニア大樂山樂カレッジ」による共催。


謹賀新年 2005/1/1

謹賀新年

本年も富士山自然探訪をよろしくお願いいたします。

画像は今日の富士山です。


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